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今日はちょっと気持ちの話を。
頑張ってる友人と話すと最近しんどいことがある。
勿論嫌いなんて事は無いし、相性が悪いわけでも話が合わないわけでも無い。
精神的に重い。
その友人は今自分の過去の思いと自己意識の改革に必死だ。
・・・10年以上も昔の頭でっかちな私が死なないためにやったものを、きちんとした方法で、頼れる人がいる状況で、頑張っている。
正直、うらやましい。
だって私は多分知識だけはあるからいわゆる心理学のような自己啓発本のような内容も自己に反映して“頭だけは”理解してしまっているから。
感情に蓋をして。
気づかないふりをして。
正しい知識を自己解釈して。
勝手に壊れないために納得させた。
でも、今までつらい思いをして折り合いをつけられなかった友人が、頑張っているから。
相談に乗ったり「頭の中だけのきっと正しい知識」を答えたり。
言葉にすると自分に刺さる。
文章にすると目から、話すと耳から。
どうしても自分でも考えてしまう。
でも、私は。
その子のように、涙を流してそれでも受け入れられるほどのものではなくて。
涙は悪だ。
涙活はしたら良いと思う。
舞台を見たとき。
コンサートへ行ったとき。
映画を見たとき。
”感動”で流す涙はむしろ素晴らしいと思う。
でも、感情だけは「自分の中の感情だけで流す涙」だけは、どうしても受け入れられない。
それをしたら。終わる。
友人には自分の感情や言葉を認識した方がいい。
なんて
偉そうなこと言っておきながら
逃げてるもんね
なんで。
あんなに人は強いんだろう。
私も強いと思っているけど、
きっと弱いんだろうな。
涙を流して受け入れられる人は強いと思う。
いいな。